三十路ダメ男通信2>歩んできた道(1)

歩んできた道を振り返る(1)

◇プロローグ◇

自分の歩んできた道を振り返るにあたって、何処から書き出せばいいのか悩みました。何故か?自分の記憶に残っているのは全てダメな自分の姿ばかりだったからです。私はこれまでの人生において輝いている時期が一度もなかった、これからも輝くことなどないでしょう。私にも一度でいいから楽しかったなとか、よかったなとか思えるような時期があってもいいものなのにぃ・・・。
と書いているうちに辛くなってきました。
だから振り返るのはやめます。(嘘)


自分にとって一番よかった時期はいつ?
って聞かれたら幼稚園に入園する前だと答えるでしょう。
正直いってその頃のことなんて覚えていないんですけど、なんとなく一番よかった時期かな。誰とでも仲良くでき、明るく可愛い子供だったと私は思い込んでいます。

幼稚園の思い出・・・特になし。
幼稚園にあがる前と後では環境が大きく変わる、そんな大袈裟なと思う人もいるだろうが、幼稚園にあがると集団生活というものが待ち構えているのですから・・・。

私はこの頃から集団生活に溶け込めない子供だったらしいのです。
内気で人見知りが激しく集団生活に適応出来ない子供、これは生まれ持った才能なのでしょうか? この悪しき性格の為に今の今まで悩み続けなければいけない大きな要因なのですが、この頃はまだ子供だから周りもおおめに見てくれていたので、それほど問題にもならず、ぼーっと一日中過ごしていた記憶だけが残っています。

この頃、私は幼稚園内でも、ちびりの常習犯でした。(うんちとおしっこってこと)
時間中でもトイレに行けばいいのに、言い出せずに・・・ジャァーってことがしょちゅうありましたので、幼稚園の先生から一番嫌われていたようです。
こんな小さい頃から私には便の悩みが付きまとっていたんですね。


◇小学生前期◇

小学校は家に近くの学校に行きました。

小学校に入ると便の悩みはなくなったようです。特に記憶にありません。
周りからは内気な少年という印象だったと思います。友達もそれなりにいたような気がします。晩遅くまで遊んで帰りが遅い為に親にしかられた事もありました。親は私に対して元気な子供らしい子供を望んでいたようなのです。

だから学校から帰ると部屋にいることじたい許されませんでした。 うちでゴロゴロせずに外で遊んで来い!これが口癖でした。 私は最初は嫌いやながら外で時間を潰すことに専念していました。
誰も相手してくれる人がいない時は路地で膝をかかえて、ただ時間が過ぎるのを待って寂しさと葛藤していた事もありました。 しかし、まだこの時はそんなに仲良くない人の家に行ってチャイムを鳴らし『遊ぼう〜』という言葉を言えるくらい勇気があった。 まあ、それなりに楽しい時期だったのかもしれません。


◇小学生中期◇

2年生が終わって、すぐに転校する。
転校後の記憶、特になかったりします。だからといって友達がいなかった わけでもなかったんですが・・・・。 自分は体が華奢で運動オンチ、弱々しいというイメージだったと思います。
いつも運動会での徒競走ではビリ。運動会が嫌いで一日が憂鬱でした。
運動会より嫌だったのが体力測定です。この一日が地獄と感じましたね。
50メートル走、遠投、逆上がり、幅跳び、などなど。
全てクラスでビリッケツでした。逆上がりじたいできなかったですし・・・
私には1分という時間なんて必要なかったんですよね。 よかった測定種目が上体そらしと垂直とびでした。何故かわかりませんが。
日常の友達関係はそれなりにやっていたと思います。
いろんな子といろんな遊びを一日中遊んでいました。
でも、今になって思うと今の兆候はその頃からありましたね。
別に私が遊びの主導権を握っていたわけではないし、金魚のフンのように くっついていただけという感じもしていましたし。 話をしたりとか正直してなかったと思います。 話?
他の人も子供の頃から話をしていたんでしょうか?

していたんだろうなこの頃に会話の練習をしなきゃいけなかったんだろうね。
何も考えずに一日を過ごしていた私は今苦しんでいるわけだけど。
本人はその事を満足はしてないにしても、さほど気にもしていなかったな。
ただ日々を過ごしていたって感じでしょうか。


◇小学生後期◇

この時期になって自分は人と少し違うのかなと思うようになった。

気付けば周りに誰もいない。一人になっている瞬間が増えたんですよね。
ずーっとじゃないにしてもそういう瞬間が増えた。
例えば、グループ決めの時に・・・あれ??
私がはみ出てたりした。
こいつが必要と思われる存在になりたかった時期っていうんでしょうか?
この時から惰性で付き合いをされていたような気がします。
人数あわせ、誰もいないからお前と遊んでやるよみたいな感じがしていた。
それでもあの頃はそんなこと悩むことなんてなかったんだから私は正真正銘 のバカだったんでしょう。
気付けよ!そして改善しろよ!
この頃から私はつまんない奴という印象だったんでしょうね。
内気でつまんない、そして人の言葉に乗せられて、寂しいからホイホイとつ ていくみたいな感じでしょうか。
通信簿も見事にふつう欄に綺麗に○が並んでいましたし・・・・。
頭が悪く、運動オンチで、無口で、人とのコミニュケーションの手段はただただ
相手のそばにいる、知らぬ間にいる、ただ金魚のフンのようについていく
ただついていくことしかなかったですから・・・。
無害だが必要ともされていない子供でしたね。


◇中学生時代◇

中学生になると、あの頃は気付くことなかったけど、私の人間的欠陥が出ていましたね。
友達は少ないながらもいたし、でも会話しない。出来ない。でもそのことに気付いていませんでした。 何故か?他の人の会話というものを聞いたことがなかったからです。
大勢でいるとワイワイとしゃべって会話が成り立っているのに、二人っきりになるとシーンという静寂が続くんですよね。それが恐くて出来る限り二人きりになることを避けてました。
って・・・・これって友達関係じゃないじゃん!
その時は気付かなかったんですよ。うまくいくならそれでもいいと思っていたな。
何を話していいか分からないんですよ。もう言語障害。
話が出来ない。内気、人前で話すことが出来ない。極端な上がり症。
今考えてみると、私なんて典型的ないじめられっ子ですよね。
貧弱な体、無口、内気、地味、運動オンチ、頭悪い・・・・。
でも、いじめられる事はありませんでした。
一瞬、いじめられそうになった事はありましたけど。
授業前に胸ぐら捕まれて、その時頭が真っ白になって殴り合いのケンカしちゃいましたっけ。
先生に腕を捕まれて引き離されたこともあったな。
それくらいでしょうかねえ。

でも、この中学生の時期が私の人生のピークだったような気がします。
それなりに普通に中学生してましたし・・・。
何をもって人生のピークというのか?
全てに対してです。
小学生の章で頭が悪いと書きましたが、中学生に上がって自分はバカじゃないと気づいたんですよ。
最初のテストで、小学生の時、頭のいいって思っていた子よりも成績が上だったんですよ。
え!?マジ!?って最初は思いましたね。でも、小学生の時の成績って、先生の判断ですから、内気でぼーっと一日を過ごしている子の成績なんてオールふつうにしかなりようがなかったんでしょう。 先生にも見放されている存在だったんだろうね。
中学に上がると、成績が上位になってました。この頃、生涯の中で一番勉強した時期でもあったしね。

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